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Monday, April 08, 2013

医療:現代アメリカの残酷 Health Care: The New American Sadism



 安倍政権の下、日本はTPP交渉に参加しようとしている。後発国は交渉力を持たず脱退の自由すらないということを隠したまま、日本が生き残るには不可避であるかのようにマスコミは宣伝し、その内容を国会にも秘密にして交渉を進めている。これは民主主義に対する重大な挑戦であるが、この裏で動いているのは、利益追求を唯一最大の目的にしたグローバル企業であって、あらゆる分野で無限の力を企業に与えようとする策略である。新自由主義と規制緩和の動きはアメリカに始まって、小泉政権以後は明らかに日本をも飲み込みつつあるが、その病的な側面はやはりアメリカで先に露呈している。もし日本がTPPに組み込まれたなら、その先に待っている将来、サディズムに覆われた社会の姿が、ここに紹介する文章には暗示されている。
 これは、201334日付のタイム誌に掲載されたスティーブン・ブリルの記事「苦い薬:なぜ医療費は私達を殺すのか」(Bitter Pill: Why Medical Bills Are Killing Us)に対する、チャールズ・シミック氏の書評である。米国で定評のある書評誌 The New York Review of Books のオンライン版ブログとして掲載された。
翻訳・前文:酒井泰幸


医療:現代アメリカの残酷

チャールズ・シミック

「君子は義に諭り、小人は利に諭る」〜論語〜
(善人は何が正しいかを理解し、悪人は金儲けを理解する)

 スティーブン・ブリルがタイム誌に書いた「苦い薬:なぜ医療費は私達を殺すのか」という優れた長文の記事を既にお読みになったかも知れない。もし自分には関係ないと思うなら、その考えにあまり自信を持たないことだ。ブリルは書いている。胸の痛みで救急外来にかかり、それが消化不良だとわかったものの、その請求額は大学の1学期分の学費を上回ることがある。2〜3日の入院で受けた簡単な検査が新車1台よりも高いことがある。製造原価が3百ドルの薬を、製薬会社は3千〜3千5百ドルで病院に売り、それが処方される患者には1万3千702ドルも請求されることがある。ブリルは病院の請求明細書に書かれている法外な金額をつぶさに見て、個別の診療行為の一つ一つに、同じ診療を別々に受けた場合の2倍から3倍の値が付けられていることを見つける。その理由は患者に理解不可能で、病院も説明できない。そして彼が語るのは、何らかの健康保険に加入しており、銀行にお金があり、大した病気ではなかったにもかかわらず、短期の入院のあと困窮生活に転落した人々の恐ろしくなるような物語である。

 要するにブリルが書いているのは、このような請求書から分かるのは、私達の医療制度に自由市場など無いということであり、痛みに苦しみ自分の命に不安を抱えた人は検査や治療に同意する前にまず価格表を見せてくれなどとは言わないものだと知っているから、病院は好き勝手に値段を付けるということである。毎年自己破産を申請する私達アメリカ人同胞の60パーセントは医療費が原因であるのも不思議ではない。

 もちろん、あなたがもしメディケア(アメリカ連邦政府が管轄する高齢者または障害者向け公的医療保険制度)や高額の医療保険に加入しているのなら、医療費は安くなる。というのも、病院は契約で値引きを義務づけられているし、保険会社自身も医療行為にずっと安い料金を求めて交渉する力を持っているからである。しかしもし、保険に入っていないか、入っていても不十分な保険であったなら、あなたは最高額を請求される。どちらにしても、製薬会社、医療機器メーカー、病院、それに検査会社は利益を得ることが約束されていて、問題なのはその額がどれだけ大きいかということだけである。そしてこれこそが、医療から政府を締め出したがっている人々が声を合わせて叫んでいることなのだ。彼らは医療産業をはじめとするあらゆる分野での利益追求から一切の規制を取り除こうと目論んでいるのだ。

 今日、財産の獲得、それも短期間で大金持ちになることが、人間の営みの中で最高位に置かれる時代にあって、その野望を達成してもなお、あらゆる救急・急病が金のなる木に見える人々がいる。アメリカの医療は世界中の他のどの先進国より高く付くというのも無理はない。他国のほうが、医療費がずっと低いだけでなくアメリカ人より長生きする。アメリカと違って他の国々では、人が互いに支え合って基本的な人並みの生活を送ることが最優先の問題であるような状況には、利益の入り込む余地はないという特別の考えがあり、このため救命医療や救急医薬品の価格を規制している。言い換えれば、他国の人々はアメリカ人ほど欲深くなく、はるかに人道的なのだ。

 これは耳障りに聞こえるかも知れない。しかしブリルの記事を読めば、メディケアとメディケイド(低所得者向け公的医療保険)を「市場指向」の医療に置き換えることが絶対に必要だというワシントンでの談話の真意だけでなく、このような変化が人々に何を強いることになるのかも理解することができる。もし政府による数少ない保護制度を高齢者や低所得者から奪い取ってしまったら、医療産業や保険会社の思いのままになり、既に得ている巨万の利益はますます膨らむことになる。彼らの言う、これは財政赤字を削減するという高邁な理想に向けての提案なのだという主張や、政治支配層とマスコミによる諸手を挙げた礼賛とは反対に、今まさにアメリカ人に押し付けられようとしているのは、見え透いた偽装を施された金儲けのための詐欺に他ならないということだ

 昔は、最も腐敗した政治家でさえ時には人の心を持っているところを見せたものだ。それも絶えて久しい。今では、金がこれまで以上に政治を支配するようになり、公益よりも私腹を肥やすことがいつでも重大事であるような者たちが二大政党に資金をもたらすようになり、病人やホームレス、高齢者の窮状を口にすることは、政治生命を捨てるようなものになった。世論調査によれば、社会で不運をこうむっている人々の苦しみに対するアメリカ政治支配層の薄情さを、多くの米国民は支持していない。しかし中には共感する人々もいる。昨年春にフロリダ州タンパで開かれた共和党大統領候補の討論会で、自由主義者で元医師のロン・ポール候補が、保険に入っていない人が昏睡状態で横たわっているなら、何の努力もせず見殺しにすると発言した時、聴衆の間に沸き起こった歓声を覚えていてほしいと思う。「これこそが、自由とは何かということです。自己責任です」と彼は言った。「お互いの境遇を見比べて、お互いに面倒を見なければならないというという考え方自体が…」と言った時、数人の聴衆が「そうだ!」と叫んで議員の発言を遮ってしまった。

 これがアメリカにおける新しいサディズムの姿である。頼る者のなく弱い人々に痛みを負わせることを考えると、あふれ出る笑いを隠そうともしない。この冷酷さこそ、私達の社会がどのように変貌しつつあるかを象徴していると私は思う。医療産業、消費者金融、営利目的で運営される刑務所から、いわゆるデリバティブ金融商品の取引、公的教育の民営化、非正規雇用、兵器や傭兵などの戦争ビジネスまで、進行しつつある何百という詐欺行為の全てに共通するのは、人を食い物にするという性質である。あたかも、それは自分の国のことではなく、どこか財産を略奪するために侵略した国で、後先のことなど考えず住民から金を巻き上げているかのようである。この利益追求者たちが私達に期待しているのは、低賃金労働者、戦場に行く兵士、それに金をだまし取るためのカモになることだけである。ここに警察国家ができつつあるとすれば、それは私達が一夜にしてファシズム信奉者になったからではなく、人々を一斉検挙して刑務所に入れれば儲かると見る人たちがいるということだと、私は考えている。ジョナサン・エドワーズなど清教徒の神学者たちが酷たらしく描いた地獄が、もし今も存在しつづけているとしたら、それこそ彼らの多くが堕ちていく先なのだと思いたい。

2013年4月2日 午後6:15



チャールズ・シミック(Charles Simic)は、詩人、エッセイスト、翻訳家。約20編の詩集、6冊のエッセイ、1冊の回顧録、数々の翻訳書を出版。ピューリツァー賞、グリフィン賞、マッカーサー・フェローシップを始め受賞多数。

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